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斉藤なつみ詩集「私のいた場所」から [詩作品]

最近出会った好きな詩集です。
それは斉藤なつみさんの「私のいた場所」という詩集です。そこから2篇を載せさせていただきます。


            馬               斉藤なつみ

       土壁造りの馬小屋の
       四角くくりぬいた窓から
       馬は いつも顔を出していた

       窓の奥は暗く
       そこから深い闇が始まるようで
       うっそうと木々の繁る道からは
       何も見えなかった

       焚き付けの杉葉を拾いに
       父と山へ歩いていった日にも
       馬は窓から顔を出していた

       その家で主の葬儀のあった日にも
       馬は顔を出していた
       顔を出して
       弔いに集まった人びとの頭上遠くの
       空を眺めやっていた

       馬には顔しかないのだった
       田を耕し
       重い荷を負った体は
       馬小屋の闇にとけて
       きっと もうないのだった

       空にはいつも 
       碧い風が吹いていたから
       顔だけが
       忘れてしまった風景や
       まだ来ない風景に
       まなざしを
       遠く
       投げているのだった



            

       
       いつか 家路をたどるわたしの前にきれいな夕
       焼けの空が広がっていた
       けれども あれは本当に夕焼けだったのだろ
       うか
       赤々と林の向こうに沈んでいく夕日の色も
       刻々と闇にのまれていく林の木々も 本当は
       風のように吹きすぎていくだけの時間だった
       のではないか
       眩しい朱の色で 西の空に刷かれた時間
       もうここにはない


       ならば 遠いむかし 人と肩を並べて見上げ
       たトウカエデの木も 公園の片隅で枝をのば
       し 木漏れ日を揺らしていた時間だったに違
       いない
       貧しくみすぼらしい夢しか持たない私たちの
       頭上にも 果てしなく広がる空のあることを
       指し示し しずかに葉をそよがせていた
       けれども そのそよぎあう葉も 光も そし
       て 手にふれた幹の温かさも 過ぎていく時
       間のことだったのだ
       〈木〉と名付けられ 樹木のかたちをして
       私たちの一日に届けられた


       なつかしいふるさとの町の夜道を照らしてい
       た古い街路灯も 時間のことだったのだ
       スズランの白い花のかたちに 小さく灯をと
       もしていた 私にはそう見えた
       けれども 足元をやさしく照らしていたその
       あかりも 路上に映った母の影も 幼い私の
       影も 遠くへ過ぎていく時間のことだったの
       だ
       耳にのこる母の下駄の音さえも 辺りをつつ
       む夜気の匂いさえも


       いくつもの美しいかたちを私に現しながら
       遥かへと 流れ去っていった時間
       永劫再びめぐり逅うことも叶わない
       そして…
       過ぎた日の思い出を さびしくなぞっている
       この私もまた 過ぎて戻らない時間のことな
       のだろう


       つかのまの人のかたちに見えて 滔々と宇宙
       の闇に流れつづける時のなかへと 還ってい
       くだけの

     ””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””

存在とは何か?…時間や空間のかなたから、形にならないある本質的なイメージを、形象化して伝えてくれる…そんな詩法に触れて、存在のもつ深い時間そのものをかいま見ることができた…そんないい詩集でした。
「馬」という作品では(馬には顔しかないのだった…)ではじまる5連目がこの詩作品全体を照らす光のように啓示的でしたし、「時」という作品の比喩も思いがけない新鮮さで心を打ちました。斉藤さん、いい詩集を有難う!という気持ちで読ませていただきました。
      
  



                  
         

              

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