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短い詩二つ  [詩作品]

前田ちよ子さんの作品を何回か載せてきましたが、さいごに二つ短い詩を
載せさせていただきます。このブログがどなたかの目に触れ、そのユニー
クな詩世界の片鱗でも心に残していただければ、彼女もどんなにか喜ばれ
ることでしょう。

                 蜆貝


            気温が下がり
            徐々に流れの速さを落して行く河口で
            僕達は聴覚の夜に重くなる
            時に降る雨音
            時に帰る鳥の笛
            時に風の低いうなり


             小さすぎた僕等
             一生しゃべる事のない紫の舌


           二枚の固く黒い耳介の中で
           僕達は作る事を忘れた音の世界に住んでいる

            
           ほのかに舌の先にランプを点す
           何気ない平(たいら)かな砂の底の夜


             埋蔵された何千何万の言語
             ひとつひとつの僕等 

                              詩集「星とスプーン」より

                
               月と野ざらし


             まあるく
             黄色い月が浮んで
             虫達はため息ばかりつく。
             野ざらしが二つ
             酒をくみかわして
             かわるがわる月を見上げる。
                
               ところで……おん
               どうして死んだ
               ……わかん……ねえ
               な、あ、ん、に、も、な……あーん
               な、あ

             風が真青になれば
             草はきしんで枯れもする。
             あばら骨もひどく痛いもの。
             青はそれほどとっぷり深い。
             酒もしっとり
             二つの野ざらしはもう上を見つめるばかり。
             コンパスの月は定められた。     

                                詩集「青」 (1969)より

              ※      ※      ※

この最後の詩は彼女が20歳になったのを記念にと、ご自分でガリ版で
手作りした「青」という小さな詩集からです。
彼女の本質にはこのようにユーモアと飄逸さを感じさせるものがありました。
それは亡くなる直前まで届いたいくつかのメールにも一貫していました。


           
                     
            
               
                



    

「杖」 前田ちよ子 [絵本の頁]

前田ちよ子さんが(多分)30代のころ書いたお話を載せます。未発表です。



            

若い貧乏絵描きのご主人から、犬がお使いに出されました。
絵描きの死んだ奥さんの所へです。
あわてて行った奥さんの忘れもの…歯ブラシとタオル。それに
化粧品とか。紫の風呂敷に小さく包んで犬の背中に結わえられ
ました。

 
生きた人と死んだ人と 言葉を交わすこと、手紙を交わすことは
できません。死者の国へは犬だけが出入りできるのです。
ただ絵描きの犬はまだしっかり大きくなっていないので、奥さんの
所までたどりつけるかどうか、犬は自信がありませんでした。
絵描きも犬になかなか行ってくれと言い出せませんでした。
けれども犬は絵描きの眼を見る度に何とも寂しくて、「行かせて下さい。
大丈夫です。」と眼で言ったのでした。


出かける時、犬は庭の木の枝を一本折ってもらって、紫の荷物と一緒
に背中につけてもらいました。それは杖のつもりでした。
しきたりに従って、夕暮に家を出て行く犬を見えなくなるまで見送った後、
絵描きはうす暗い家の中にぼんやり立っていました。


絵描きの眼の中に映っている部屋の隅のミシン。縫いかけのワンピース
は緑色です。指ぬきが鈍い銀色に光っていました。
絵描きは奥さんの好きだったピンクのフワフワしたセーターを思い出しま
した。タンスの前に行って、引き出しをひくと、二段目の右の方にそれが
ひしゃげてたたんでありました。 うす暗い部屋の中で、そのセーターは
白っぽくボーと毛羽立っています。
横に絵描きのGパンがたたんでありました。この前小鳥のスケッチに
出かけた時、森の木の枝で作ったひざの所のかぎざきが、細かい運針
で繕ってありました。
そういえば、ピンクのセーターを着た奥さんが針箱を広げて,廊下の日
だまりで手を動かしていたのを思い出しました。あれはこのGパンを繕っ
ていたのです。
うつむいた後姿の奥さんの丸い肩と背中。あの時のセーターはもっと
暖かなピンク色だったような気がしました。


絵描きは水を飲みに台所へ行きました。食器戸棚のガラス戸をあけて
コップを取ろうとすると、花柄の小さな奥さんのお茶碗が眼に入りました。
お揃いの白い湯飲が二つ並んでいます。
奥さんが忘れていったもの。 まだまだたくさん家の中にあるのです。
マフラーを首に巻くと、絵描きは街外れの一杯飲み屋へ行ったまま
明け方まで帰ってきませんでした。


犬が夕焼けの街を出て行ってから七日たちました。その日も暗い夕焼
けでした。絵描きがスケッチブックをかかえて風の中を帰ってくると、
玄関の所にうずくまっている黒いかたまりを見て、思わず立ち止まりました。
じっと眼をこらして見ると、間違いなく絵描きの犬です。絵描きは犬の所へ
走り寄りました。犬もその足音に気づいて首をもたげると、しっぽをかすか
にふるわせます。


スケッチブックをほうり投げると、絵描きは犬の頭をしっかり抱きかかえ
ました。犬の毛はつやを失い、濁った眼の回りは目やにでよごれています。
絵描きは犬の頭を幾度も幾度もつよくなでました。されるまま犬は目をつ
むっています。
背中に空の風呂敷がきちんと結わえてありました。やわらかすぎも固すぎ
もしない結び目でした。絵描きはその結び目を長いこと見つめてから 
そっとさわってみました。その時ふと犬のお腹の下から白っぽいものが
見えました。見ると犬の右の足に包帯がしてあります。泥とにじんだ血の
色で、足の先の方の包帯は真っ黒になっていました。手をふれてみると
犬はぴくりと足を引きました。その包帯は固すぎもやわらかすぎもしない
結び目をしていました。


奥さんは風呂敷を犬の背に結ぶ時、犬の足に包帯をする時、犬に何と
話しかけたのでしょうか。
犬は眼で何と奥さんに話したのでしょうか。
忘れものをどっさりして、奥さんはあまりにも絵描きから遠い所へ行き過
ぎているのです……


絵描きがひょろりと立ち上がると、目やにに囲まれた目を上げて犬は
ゆらゆらとしっぽを振りました。
左右に振られるしっぽの下に、出るとき持たせた木の枝がころがって
いました。その先端はささくれ立って、小石がいくつもいくつもつまって
いました。
                                        (完)

詩集「昆虫家族」(1988)ー七月堂刊ーより [詩作品]

            土の器

                                  前田ちよ子
  地が造られ、その終りに余った土で造られた器が地の
  一端に据えられた。 その器の底に、いつからかこどもが
  住まっている。

  器に続く地では日々色々なことが起り、その中をかす
  かな死臭を漂わせた大きな生きものが、ひたひたと身を
  低くして歩みやってくる。やがて器にたどり着くと縁で
  立ち止まることもなく、器の内側の丸味のある闇を深々
  と下りて行く。

  大きなものは器の底で走り寄るひとりのこどもの腕に
  抱き取られると、ゆっくりと体を横たえて、その頭(かしら)をこ
  どものひざの上に載せる。角ある頭(かしら),荒い毛の立ち並ぶ
  背を撫でるこどもの手のひらの温もりに、生きていた大
  きなものはうっとりと死に始め、閉じたまぶたの傾いた
  端から涙のように自分の魂を生み終える。

  土の器のどこからか、たくさんのこども達がめいめい
  手に合った椀を持って集まって来る。円座して、魂の残
  していった血と肉とを少しずつ分け合っている。ひとり
  が ほら見てごらん とほほえんで言うと、はるかこど
  も達の暗い頭上を、一個の魂がほのかに輝いて昇って行
  くところだった。



                  天秤皿                                      前田ちよ子
  
   私達は片方の天秤皿の上で生れていた。私達を生んだ
  ものが何であるかは知らなかった。皿は巨大で、朝と昼
  と夜のある宙に浮いており、はるか下の方は闇の雲がゆ
  っくりと大きく渦巻いていた。私達の載った皿の対(つい)の
  天秤皿はおろか、皿を支える支点さえも遠く遠く霞む大気の
  向こうにあって、私達は見たこともなかった。


   皿の上には何もなかった。風の吹く度にどこからか流
  れて来る砂がわずかずつたまり、やがて砂は土になった。
  私達は拾い集めておいた種をそこに播き、空一面から降
  る雨と光とで種から苗を育て、実を収穫した。繁る草に
  ひそむ虫を捕え、干して保存した。季節の変わる時には、
  頭上を渡って行く鳥の群の互いに呼び合う声を頼りに弓を
  引いた。私達は日毎大きくたくましくなっていったが、私達
  の載った皿は次第に宙に上(のぼ)っていった。


   寒い日の夜は火を焚き寄り添って寒さをしのいだ。そ
  んな時私達はもう片方の皿に何があるのか話(はなし)した。
  小さな弟はカラスだと言った。たくさんのカラスが卵を産んで
  いるのだと。 三番目の兄は父と母だと言った。父と母とが
  私達が大きくなる以上に肥えて行くのだとーー。無口な一
  番上の姉がいつかこんな風に集まっていた時、一度だけ
  自ら話し出したことがあった。「私は思う。あそこにいるの
  は私達ではないかと。私達があそこでふえているのではな
  いかと。 「ああ。私達はふえるのをやめようではないか。
  兄や姉、姉や弟、妹や兄、弟や妹。私達はそんな関係
  (あいだ)でふえるのはやめようではないかーー


   姉はその後死んだが、私達は姉の言葉を守ってふえず
  に生きた。あれからも私達の皿は少しずつはてしなく天へ
  近づいていく。薄くなる大気と夜のなくなった一日中明るい
  光の中にいて、私達の肉体は内側から透けるようになって
  いた。 余り動くこともなく、話しをすることもなく、今では
  もう食べなくてもよくなっていた。


   収穫をしなくなった穂はいつまでも青々と豊かに実り、
  たくさんの虫をその中に隠していた。渡り鳥は頭上を渡
  らずに、皿の下の方を鳴いて渡って行く。


   今でも 私は思う。あの大きく渦巻く闇の中を、更に
  静かに沈み続けて行く私達の対(つい)の天秤皿。あの
  皿の上の「重さ」。 あれはいったい本当に何なのだろ
  うか…と 。


          *          *           *

     前田さんの第2詩集「昆虫家族」から2編載せました。
     ( )のなかは原文ではルビになっています。  

前田ちよ子詩集「星とスプーン」より [詩作品]

前田ちよ子さんの詩集「星とスプーン」(1982)より2編載せます。

             氷河

        (ああ 迎えにきたのだね……)

     家の門の暗がり
     遠く(たぶん 遠く)
     四つの脚をしてやって来たおまえと
     私は家を出よう

     うなだれたふたつの耳と
     私は連れ立って
     街を抜け
     幾つもの山を越えたところ
     私達のはじまった
     あの茫々の草原の波の中に
     おまえと抱き合って沈む…

      覚えているよ
      おまえが犬といわれるものでなく
      私が人間(ひと)といわれるものでなく

      大気を浮遊していた
      おまえと私との生命源(プラナ)の邂逅の後の
      一粒のぶどうの種のような
      さみしい抱きあいの重み
      この草原の底に沈んで
      私達やたくさんの生命源(プラナ)達の
      静かに降らす夢で
      幾重にも幾重にも自分達の眠りを
      埋蔵していった……

      きしきしと
      夢の氷河の亀裂(クレバス)を
      きしきしと
      きしきしと
      私達の氷る耳の傍を
      目覚めたもの達の足音が
      渡って行ったね
      やがて
      私達も溶けるように目覚め
      すりへった地層の階段を上って行くと
      そこはまだ昨日の明けていない
      渦巻く草原だった

      私は草を焚き
      かげろう青い炎をはさんで
      おまえとゆらぎながら向かい合っていた
      その時
      おまえは一本の細い垂れた尾を持っていて
      私はわずかな文を書くことばを持っていた 

      ただ
      おまえも 私も
      溶けきらない灰色の眼をしていたのを
      互いに深く見つめ
      それから
      炎が落ち

      別れたね


     今も
     私のことばは
     拙い文しかつづれない
     おまえの細い尾は
     そうして垂れたまま
       (いったい何処の冷たく堅い土に
        自分を繋げていたのだろうか)
     変わらない灰色の眼のまま
     おまえは
     私の中の灰色を想って
     遠く(たぶん 遠く)
     出会いにやって来た

       ねえ 決して思うまい
       私達のこの土の上での
       骨と肉のはじまりに
       私達が眠りすぎたなんて
       遅すぎたなんてね

       草原の底深くからの
       私達の目覚めの時に
       溶けきれなかった灰色の部分
       それが私達そのものだったのだから


    
     うねる草原に
     重かった肉と骨をぬいだら
     私と おまえと
     ふるえる大気の中を
     別れて行こうね……
     今度こそ
     溶けない夢の降り積む
     眠りへの出合いのために




         
          たとえば


     君と別れ
     これから漂流する僕が
     いつか
     疲れはてて港に行き着くことがある
     気流の変わる
     日没の海を眺め
     寄せて引く波の振動を聴くうちに
     たとえば
     ふと 自分が以前
     あかね色の脚のかもめだったことを
     思い出すかもしれない

      
       僕はかもめだった

    
     僕はそこで人間(ひと)の形を解いて
     かもめになる
     それから
     翼を広げたあかね色の脚のかもめの中で
     僕はひたすら疲れながら
     飛んで生きるだろう
     かもめの以前(まえ)の僕を
     ふと 思い出すまで
     僕は
     僕の形を
     そうやってどこまでも遡り
     やがて僕が
     もっとも僕であったところまで行き着く

    
     君
     君も
     合わせた鏡の奥深くから
     一つ一つノブを回す度に
     変化した形を思い出して遡る
     そしていつか きっと
     最後の扉を開けてたたずむ君と
     僕は向き合う

     
     言葉や肉体で現せない
     あらゆるもの
     あらゆるもので
     不変の
     ただひとつのもの
     君 そして 僕

                  

                 *    *    *

   作品の中の( )は原文ではルビになっています。


             

前田ちよ子さんのこと [日々のキルト]

 ペッパーランドの創刊同人だった前田ちよ子さんが他界されました。急性骨髄性白血病になられ、5月10日に富山の入院先からお電話をいただいたのですが、それから2ヶ月、私は気の休まることはなく一日一日を過ごしてきました。そしてついに7月3日朝死去されたとご家族から電話を受けたのです。 6月半ばに緩和ケア病棟に移られたという彼女の電話に、急遽お見舞いに伺ったのですが、その折はまだ笑みを浮かべながら、いろいろなお話を一時間くらいすることができました。ご家族に伺うと彼女は病気を淡々と耐え、静かに受け入れて、けなげに最後の時を迎えられたようです。59歳の死は早すぎるといいたいですが。

 このブログにも入れましたが、去年5月に荒川みや子さんと富山を訪ね、12年ぶりに3人で一夜の語らいをもてたことを思うと、その一年後の今の成り行きが信じられません。

 彼女は病床でも童話を書いていました。詩集として「星とスプーン」「昆虫家族」の2冊を出しておられます。2冊ともユニークなすぐれた詩集で、今読み返しても不思議な魅力を感じ、彼女は自分の運命、あるいは人生の成り行きを半ば以上予感していたのではないかと思ったりします。独自の感性と直観で,現実の裏側にもうひとつの宇宙を見ることのできた人かもしれません。

 前田ちよ子さんの詩や童話をこれから少し紹介できたらと思っています。

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