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ノカンゾウ [日々のキルト]

いまバルコニーはノカンゾウの花ざかりだ。(今日は28輪)。今日もオレンジ色のおおきな百合のかたちをした花がいっぱい風にゆれていて、まるで日光がバルコニー一面に降りてきたみたいだ。とても華やか。朝咲いて夕方に終わる一日花だが、つぎつぎと咲いてくれて、一輪の花をじっと見ているとその陰影に富んだ橙黄色の美しさにはそのたびうっとりと見とれてしまう。この花がワスレグサ(憂きことを忘れる)と呼ばれるのももっともだ。

ノカンゾウの鉢がいくつも並ぶその横のプランターでは、福岡の日嘉まり子さんからいただいたツタンカーメンの豌豆の種が今年も芽を出し、つるを伸ばし始めている。(ちょっと遅れたけれど)これはこれからの楽しみ。去年の風来坊のイソトマの花がこぼれ種から芽を出し薄紫の花弁をひらいている。

残念なのはいつか水橋晋さんにいただいたカリフォルニアポピーの花から採った種を、今年も蒔いてみたのにちっとも芽を出してくれないこと。いただいた年に咲き誇ったあのオレンジ色は目にやきついているのに。

室内では野放図に伸びたサボテンのてっぺんがまもなく天井に届く(あと1センチ!)ので、どうしたものやらと、お手上げ状態。

その同じ窓辺で、油本達夫さんに7年ばかり前にいただいた胡蝶蘭の花が今年も忘れず咲いてくれている。去年近所の花屋さんにもらったグロキシニアの鉢の大きな花と並んで。

花ばなは季節ごとにいろんな思い出を運んできてくれるようだ。

相沢正一郎さんの会 [日々のキルト]

昨日の午後、詩誌「ホテル」と「ヒポカンパス」の同人たちが集まって、今回H氏賞を受賞した相沢正一郎さんをお祝いする会を開いた。新宿のエルザというイタリアレストラン。こじんまりした感じのいい店だった。司会は根本明さんと岡島弘子さん。17名での気楽な楽しい会だった。みんなから相沢さんは謎の人と思われているらしく、ひとりひとりが彼に訊きたいことを質問するのだが、いろんな問いや答えが出てきて笑い声がよく起こった。詩集には台所が始終出てくるが、彼は料理の達人なのかとか。(かたわらの奥様がいい答えを出してくれました!秘密ですが)。野村喜和夫さんがずいぶんきわどい質問をしたり…。

私は彼が子ども時代に特に好きだった本や、さいきん面白かった本について質問。最近の本ではアゴタ・クリストフの『文盲』、また自分の子ども時代にではないが、その後子どものために読んであげたいろんな国の『民話』が心に残っているとのこと。

このように同人たちから親密な雰囲気で祝われる相沢さんは、いい仲間をもっておいでだなあ…と、いまさらのように感じる。「ホテル」はもう19年も続いている同人誌。そして私と岡島さんと受賞詩集の表紙の絵の井上直さんは「ヒポカンパス」の仲間で、これは2年間の長編詩同人誌なので、あと2号で終刊になる。

最後に出されたデザートのショートケーキを、水疱瘡で出席できなかったお嬢さんのためにと、大切そうに抱えて帰る相沢さんの姿が印象的。そして(彼はやっぱり謎の詩人だなあ…)と内なる声。

西瓜糖の日々 [日々のキルト]

はずかしいけど、いまごろリチャード・ブローティガンの「西瓜糖の日々」と出会っている。(もうおもしろくて、おもしろくて…)。頭の中が西瓜糖になりかけてます。
どうすごいといえないところがまたいい。もっと早く出会いたかった!もったいないので…というわけでもないけれど、少し読んではそこにしばらく浸っているのでなかなか進まない。
この前八木幹夫さんと会ったとき「あれ、いいですねえ」といったら、「いいでしょ、いいでしょ!」と。同じ本でこんなに意気投合してくれる人がいて、また楽しくなった。これだけでは一体どう面白いんだかわかりませんね。これは読んでみないと、とにかく。

今日買ってきた本。小森陽一著「村上春樹論」(海辺のカフカを精読する)、文学界5月号(ロシアの村上春樹)、言語6月号《ファンタジーの詩学》特集、その他一冊。

近藤久也詩集「伝言」より [言葉のレンズ]

近藤久也さんの詩集「伝言」を読んで、いい詩をみつけたので紹介してしまおう。このコトバのレンズは何を発見させてくれるのか。

                 生垣のある家
 
               ああまた
               生垣のある家に住みたいな
               地面に覚えたての字を指で書いたり
               蟻たちが死んだミミズを担いでいくのをみていると
               生垣の向こう側を見知らぬひとたちが
               意味の解らないことばかり喋りながら
               通り過ぎていく

               ウバメガシの隙間から
               ちらちらみえる足首は
               知ることもない不思議な生き物
               飼っているわけではないんだけど
               ウバメガシのジャングルで
               昼寝していた青大将の
               ぞっとするほど
               つめたい目


(この世界の秘密の一角を、こっそり透明な小さなレンズでのぞいたときのわくわく感。これはまさに子どもの目。それとも青大将の「つめたい目」かな。)


                  

                馬が朝
                川べりにやって来て
                首をのばして水を飲んでいる
                黒い馬
                白い馬
                茶の馬
                灰色の馬
                斑の馬
                次から次と
                朝霧の中
                何頭も何頭も
                誰かの使いのように
                みえないところから
                いそいそとおどり出てきて
                並んで水を飲んでいる
                後から来る馬が入れるくらい
                隙間をあけてやり
                一列に並んで飲んでいる
                川面に視えなくなるくらい遠くまで
                馬が映っている
                後から後から馬が
                やって来る
                ひとはいない


(これも映像的だが、ファンタジックでもあり、コメントのないのがいいなと思う。私は今朝、すごく大きな樹のてっぺんあたりに,ゾウが何頭か見え隠れする夢を見たけれど、なぜかそのことを思い出す。この詩集にはほかにもおもしろい詩がいっぱいある。)        

                    

 [日々のキルト]

昨日も今日も夕方ごろから天気急変。
出るときは傘など不要だったのに、帰り道はざあざあ降り。
それがまた昨日も今日も、友人との食事やお茶の帰り道…。
二日続けての相合傘の道行にふとおかしくなる。

おかげで今日は、東の空にすばらしく大きな二重の虹を見た。
夕方の6時頃に。
虹を見るとなぜか嬉しくなるのです。

バルラハ展 [日々のキルト]

上野の芸術大学大学美術館で「エルンスト・バルラハ展」を見る。バルラハ(1870〜1938)はドイツ表現主義の作家。彫刻の分野での表現主義は、日本に紹介されるのが非常に遅れていたとのこと。
最初雑誌のグラビアで見て、ぜひ行きたいと思い、「プラド展」を見た後でここを訪れたのだが、私にはむしろこちらの方がずっと印象的だった。芸術的感動を言葉にするのは難しいとあらためて思ってしまう。

バルラハは生涯を通じて「人間」を追求しつづけ、木彫、ブロンズ、版画、戯曲などを制作し、その力強くきっぱりと美しいフォルムには、生命の重さと内向する生の哀しみが一体化している。何回も会場へ引き返してゆっくりと見たいほどだった。だが時間がなかったので、後ろ髪を引かれながら、会場を後にしたのが心残りだ。

彼はナチから国家への非協力者として抑圧され、「頽廃芸術」の烙印を押されて、多くの作品が没収、廃棄され、失意のうちにその翌年死去したという。それがどんなに愚かな行為だったかを、これらの作品をみたあとで心底実感するばかり。なんて虚しい行為だろう。信じられない。

バルラハ展は5月28日まではこの会場で開かれています。

アフターダークより [言葉のレンズ]

おもしろいコトバや、印象に残るコトバをときどき載せていこうと思う。
そのままにして忘れてしまうのはもったいないし、「言葉というレンズ」で違った風景を見てみたいので。

今日は村上春樹の「アフターダーク」のなかの文章から。
ラブホテル「アルファヴィル」で、ヒロインのマリと従業員のコオロギが話し合っている場面から。
以下はコオロギの言葉です。

「それで思うんやけどね、人間いうのは、記憶を燃料にして生きていくものなんやないのかな。その記憶が現実的に大事なものかどうかなんて、生命の維持にとってはべつにどうでもええことみたい。ただの燃料やねん。新聞の広告ちらしやろうが、哲学書やろうが、エッチなグラビアやろうが、一万円札の束やろうが、火にくべるときはみんなただの紙切れでしょ。火の方は「おお、これはカントや」とか「これは読売新聞の夕刊か」とか「ええおっぱいしとるな」とか考えながら燃えてるわけやないよね。火にしてみたら、どれもただの紙切れに過ぎへん。それとおんなじや。大事な記憶も、それほど大事やない記憶も、ぜんぜん役に立たんような記憶も、みんな分け隔てなくただの燃料」

「それでね、もしそういう燃料が私になかったとしたら、もし記憶の引き出しみたいなものが自分の中になかったとしたら、私はとうの昔にぽきんと二つに折れてたと思う。どっかしみったれたところで、膝を抱えてのたれ死にしていたと思う。大事なことやらしょうもないことやら、いろんな記憶を時に応じてぼちぼち引き出していけるから、こんな悪夢みたいな生活を続けていても、それなりに生き続けていけるんよ。もうあかん、もうこれ以上やれんと思っても、なんとかそこを乗り越えていけるんよ。」

「そやから、マリちゃんもがんばって頭をひねって、いろんなことを思い出しなさい。……それがきっと大事な燃料になるから…以下略」

                             д        

(記憶というものに、生命力というものに、こんな角度から光を与えられて、なんとなく納得する。ニヒリズムというわけでもなく。私はときどきカラスの鳴き声をききながら、人間のやってることの無意味さをふと示唆されたりする。それとどこか共通するかもしれない。)

ずれながら重なっていく時間 [日々のキルト]

札幌の岩木誠一郎さんから絵葉書が届いた。(「愛虫たち」への私の便りへの返信として)。絵葉書は「支笏湖から望む残雪の樽前山」の風景だった。その写真を見てちょっと驚いた。もうかなり以前だが、ある夏の旅で支笏湖の近くに宿をとり、その翌日に出会ったそれは懐かしい風景だったので。その帰りに買ったクマのぬいぐるみを樽前山にちなんで「タルちゃん」と名づけたくらい、それは印象的な景色だった。そういえば岩木さんからは前にもサロベツ原野に咲く一面のエゾカンゾウの絵葉書をいただいたことがあり、カンゾウは私の特別好きな花なので、偶然の一致とはいえ嬉しくなって、これもいつも本棚に飾ってある。

岩木誠一郎さんの詩の移ろい行く微妙な時間の感触に、私はある懐かしさのこもった不思議な既視感を感じることがある。

                       出発


                明け方まで降りつづいた雨に
                洗い流された夢のつづきを
                歩きはじめているのだろうか
                いつもと同じ道を
                駅へと向かう足音も濡れて
                わずかにのぞく青空の
                痛みににも似た記憶のふるえ
                あふれてゆくもの
                こぼれてゆくもので
                街はしずかにしめっている

 
                このあたりで
                黒い犬を連れたひとと出会ったのは
                きのうのことだったろうか
                それとも先週のことか
                少しずつずれてゆく風景を
                何枚も重ね合わせて
                たどり着くことも
                通り過ぎることもできないまま
                わたしはわたしの居る場所から
                いつまでもはじまりつづけている

                
                ベルが鳴り
                自転車が追い越してゆく
                銀色の光がすべるように遠ざかり
                舗道の上に
                細いタイヤの跡だけが残る


この作品の2連目、(少しずつずれてゆく風景を/何枚も重ね合わせて/たどり着くことも/通り過ぎることもできないまま/わたしはわたしの居る場所から/いつまでもはじまりつづけている)という箇所がすっと心に入り込んでくる。自己同一的につながっていくようでありながら、実は少しずつずれてゆく、この時間という風景のグラデーション感覚は、とても現実的で共感できる。こうして人は流れてゆく時間の中から絶えずはじまりつづけてゆくのだと。そしてこのずれながら重なってゆく時間への敏感さこそが、自分の生に、独自の味わいと色合いを感じさせてくれるのではないか。(たどり着くことも、通り過ぎることもできないまま)人は日ごとに前へ生きつづける存在であるらしい。    

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