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 [日々のキルト]

ブログをごぶさたしていて、今日は久しぶりです。

このところの朝の楽しみは、NHKのBS放送月〜金朝7時半からの《毎日モーツアルト》を見ること。映像と年譜と音楽とでモーツアルトの年代記を追えるのが嬉しい。今は20台半ば位まできたが、(5月1日から一週間は初回からの5回分をリピートするそうです。今から見てもおそくはないというわけで。)彼も就職や失恋などで苦労ばかりしていたんだなあ…と思う。モーツアルトは子どものうちから年中旅ばかりをしていたらしいけれど、彼の(旅をしない人は哀れな人です。凡庸な才能の人間は旅をしまいとしようと常に凡庸なままですが、すぐれた才能の人は、いつも同じ場所にいれば駄目になります…)という言葉は印象的だ。たとえ凡庸であってもやっぱり旅はした方がいいと私は思うのだが。

それでというわけではないが、昨日,一昨日は京都と奈良をたずねた。京都で見た「大絵巻展」の《信貴山縁起》はとくにおもしろかった。僧命蓮(みょうれん)の呪文で、俵がたくさん列になって山を越え空を飛んでいくシーンなどアニメみたいで、その上物語もおもしろくて。また地獄草紙もすごかった。石臼で轢かれて粉々になる…舌は抜かれる…釜茹で、火あぶり…と。ユーモラスでもあるが、一種のおどしの文化のよう。もっとも別の形で今も私たちは始終おどされているし、似たような現象がはびこっているのでは。
そのほかにも鳥獣戯画や源氏物語絵巻など傑作のオンパレードだ。絵巻物は長編詩に似ていて、私にはちょっと参考になった。

翌日の奈良では大仏再建に尽くした僧、重源展を見て、春日大社神苑の万葉植物園を見た。みどりいろの桜の花を初めて見た。姫リンゴ、藤など新緑に映えて美しく、久しぶりに原稿から解放されて晴ればれした気分になる。

と、やっぱり凡庸な近況報告でした!

ナショナル・ストーリー・プロジェクト [日々のキルト]

 原稿の合間を縫って毎晩寝る前の30分ばかり、佐藤真里子さんに拝借した『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(ポール・オースター編、柴田元幸訳)を読んでいた。これはポール・オースターがラジオを通じて、「物語を求めている。物語は事実でなければならず、短くないといけないが、内容やスタイルに関しては何ら制限はない。私が何より惹かれるのは、世界とはこういうものだという私たちの予想をくつがえす物語であり、私たちの家族の歴史のなか、私たちの心や体、私たちの魂のなかで働いている神秘にして知りがたいさまざまな力を明かしてくれる逸話なのです」と、アメリカ各地の聴取者に呼びかけて、その結果集まった多くの経験談から選んだアンソロジーです。

 「私たちにはみな内なる人生がある。自分を世界の一部と感じつつ、世界から追放されていると感じてもいる。だれもが生の炎をたぎらせている。そして自分のなかにあるものを伝えるには言葉が要る」と編者はいう。

 この本には、ラジオからの呼びかけ後一年間のうちに送られた4千通の投稿の中から選んだ179の物語が入っている。投稿者は、あらゆる階層、あらゆる年齢、あらゆる職業に属し,住処は都市、郊外、田舎とまちまちであり、それは42州の範囲に及ぶ。これはアメリカ人ひとりひとりのプライベートな世界に属する物語でありながら、そこには逃れがたい歴史の爪あとがしっかりと示されている。…大恐慌、第二次大戦、そしてベトナム戦争の影響、アメリカ人の人種差別の病etcが刻みこまれている。

 以上はほとんどポール・オースターのまえがきからの抜粋だが、私も読み終えて、「世界はなんて複雑だ。怖くて、不思議で…不可解で。そして人間とは、なんと測り知れない深い存在だろう。そしてこの世には見えない力が働いているのでは…、などと考えた。世界とはこういうものだという、私たちの思い込みを覆す物語、とはよく言ったものだと思った。これは貴重な、ほんとうに興味深い本でした。個人の物語を通して世界を感じるという経験。貸してくださった佐藤さん、有難う!やっぱり私も買おうかな…と今思っているところです。とくに「死」「戦争」「愛」の項目など、忘れがたい話が多かったです。
                                                    

枝垂桜 [日々のキルト]

昨日はお花見日和だったし、原稿の締め切りを一つクリアしたので、思い切って桜に会いに出かけた。それも雑用をいろいろ片付けてから、午後遅めに家を出た。
入生田の長興山紹太寺の枝垂桜がすばらしいときいたので、小田原で箱根登山電車にのりかえ、夕方4時頃にやっと現場にたどり着いた。 なにしろ思いも寄らない急な坂道を20分ばかりも登って、やっとお目当ての桜に会えたのだ。
さすがに樹齢330年といわれる枝垂桜の大木はすばらしかった。風もなく、まだ花びらひとつ散っていない。まわりに群れる人々の姿も小さく見える。夕日に近い光のなかで荘厳といえるほどの美しさ…。

帰りは下り坂なので、地元の出店で、5個百円!というおいしそうなミカンや、「桜ご飯の素」など買って、ふたたび入生田の駅へ向う。ところが大発見。この駅のホームの線路ぎわに、ちょうど満開の枝垂桜が一本立っていて、私の気持ちはむしろその美しさに吸い込まれてしまった。
ホームの柵ごしに手が届く近さ、私の目の高さに咲き誇る満開のしだれ桜のピンク。今まで出会ったどんな桜よりも魅力的で、美しく、夢見心地になる。これは現実じゃない…夢の中だと、しきりに自分に言い聞かせて、目の奥に深くしまいこんで帰ってきた。来年はきっとまたこの入生田駅まで来たい。この一本の枝垂桜を見に…と思いながら。初々しい「桜姫」に一目ぼれした私でした!

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