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能面展を見る [日々のキルト]

銀座のポーラミュージアムアネックスで、能面展を見る。亡き兄の松本高校時代の友人石関一夫さん製作の増女、乙御前をはじめに見る。乙御前のひょうきんさに笑い、増女の風格に細部まで瞳を凝らす。さらにギャラリーに並ぶ能面たちのかもし出す静謐さと、意外なユーモアをもたのしむ。一緒だった唐澤秀子さんと、悲しみや怨念などのマイナスの情念を表す面(たとえば泥眼など)の表情にはかえって訴える力の強さを感じるなどと話し合う。私は眉間にしわを寄せてこちらをひたとみつめる「増髪」の面にひきつけられたが、これも決して柔和な表情ではない。

その後ぶらぶら4丁目の方へ散歩して(唐澤さんも私も銀座は久しぶり)「蔵人」でランチをとり、その後「壱真」でコーヒーを飲んで夕方まで延々としゃべる。ファンタジーについて,彼女が子ども時代に熱中して読んだ「モンテクリスト伯」について、物語のおもしろさ、それから詩についての示唆的な話(人類創生のころの記憶にひそむさまざまの種のイメージを喚起する詩のこと)、ヨーロッパ文化とキリスト教が現代にもたらしたもののこと、彼女の入った合唱団のこと、いつかフランスのある地方のホテルにいっしょに行きたいという夢、女がものを書くには一人の時間、空間が必要ということ、ETC.。それから限りなくいろいろと…。私の詩集の編集者だった彼女に今回もまた活を入れられる。

久しぶりに友人と、仕事と関係なく、ただ純粋に話をする時間を過ごすことをした。そんな日はとても充実感があって、日ごろのこまかいしんどさも忘れてしまう。それにしても、ただ友人と話すというだけの時間をもつために出かけるということは、今は案外少ないかも知れない。何の目的もないこういう時間に対して、忙しい私たちは案外世知辛いのだろうか。

童謡展 [日々のキルト]

神奈川近代文学館の閲覧室に県内発行の雑誌などを展示しているところがあり、ペッパーランド30号を寄贈しに行く。丘の上にひろがる手入れのいい花壇やバラ園はのどかな日を浴び、あちこちに画架を立てて画を描いている人たちがいる。文学館ではいま「日本の童謡 白秋,八十…そしてまど・みちおと金子みすず展」という催しをやっていて、雑誌「赤い鳥」誕生にはじまる童謡の黄金時代をつくった神奈川ゆかりの詩人たちを中心に、その周辺の人々…野口雨情、山田耕筰、成田為三やその他の人々も紹介されている。童謡の「兎のダンス」のレコードを見つけ、子どもの頃親が買ってきてくれたことを思い出したりして懐かしい気持ちになる。
絵本や本の装丁にしても、色調にしても、決して今では出せないものがあって、私たちは知らない間にとんでもない時間のクレバスを超えて来てしまったのだと思う。
静かな喫茶室でカップにたっぷり入った熱いコーヒーを味わってから、もう傾きかけた午後の陽の中のバラ園を通りすがりに眺める。谷戸坂を下りて元町を抜けて帰るまで、今日はめったにない小春日和の一日だった。
歩きながら(童謡というのは子どものための歌といわれているけれども、あれは表現の一つのジャンルで、もっと分化し、もっと個性化していける詩的表現なのでは)と思った。マザーグースの訳では、白秋の訳が今でも好きだ。現代人?が訳すとあのような詩的な妖しさが消えてしまうように思う。パソコンの時代には生まれない、原稿用紙の上に一字ずつ書いていく時間のなかで、はじめて生まれてくる訳ではないか、などと思う。言葉がキツネのように軽やかに化けていて、その裏側に見えないしっぽを隠している気配。それもたのしい身振りで。

高橋たか子の「日記」 [日々のキルト]

「一人の人の存在的エネルギーの量とか強さが西洋人にくらべて少ないのではないか。その量とか強さを、一つにまとめて、人は他人と向き合うべきなのに、この一つにまとめる術が日本では文化的に欠けている。一つにまとめることで、その人というものが在り、また、そのことが他人への礼節にもつながる。こうした自分を相手にさし向ける、かつ、相手をよくみつめている、ということが、日本人には欠けている。」
これは高橋たか子の「日記」を読んでいて、いま心に引っかかっている言葉の一つだ。
さらに続けて「この強力な内在の力で、とことん学問をしたり政治を行ったり…西洋人がすぐれているのは、この一方向への徹底性であろう。一方向といっても、前述したように、出会う他人たちをよくみつめているので、複合的な一方向である。」「ロマンといわれる長編小説が日本で発達しなかったことも、右の事柄と関係がある」とも。

詩ひとつ [詩作品]

                     風景                前田ちよ子             

             僕等はこれから生まれるのか
             それとも死んだあとなのか
             僕等のいるこの闇が
             何なのかわからない

             
             さくらのはなの散る下で
             僕等は輪になって座り
             うすいももいろをしているはなびらを
             たぐり寄せては
             細い針と細い糸で綴り
             僕等の知らない
             あるいは忘れてしまった母のための
             厚い花輪を作り続ける

             
             切れ切れに はるか遠く
             僕等を呼ぶ声が聞こえたような気がして
             手を止め 眼をこらし
             耳を傾けたあと
             一層緻密になる闇

             
             ひざの上に積み上がって来る
             はなびらの重い綴りを繰り
             積み上がれば繰り

             
             積み上がれば繰り…
             僕等はこの繰り返す作業に埋没し
             やがて さくらのはなびらの散る音も
             あの声も…
             僕等には聞こえなくなる




これは「ペッパーランド」の創刊同人だった前田ちよ子さんの作品。今は詩をかくことから離れているけれど、彼女の詩には、時空を超えた生への神話的想像力が感じられて、読むたびに心惹かれるものがあった。その詩に触れるたびに、しんとした気持ちにさせられた。
「前田さん、また作品を読ませて欲しいよ!」 
この声がいつか彼女の耳に届くように!


                    
             
                 

軽井沢 [日々のキルト]

この間の塩壷温泉への旅が尾をひいて、また突然軽井沢を訪ねた。
前夜までの雨が急に上がって、青い空に紅葉の木々の姿が映える好天だった。
ところで軽井沢はこんなに猿が多かったのか…と驚いたのだが、散歩中にも突如猿たちが奇声を上げて喧嘩を始めたり、ホテルの庭で親猿,子猿が10匹以上も戯れていたり、木々をかけのぼったり、枝でブランコをはじめたり…と、近くにいる人間のことなど目にもくれない様子。今は木の実がたくさん生っているので、さぞや大御馳走なのだろう。その遊びの様子は見ていて飽きない。
シーズンをいささかはずれているせいか、ホテルの近辺は静かで、頬に冷たい風もまだ心地よい。雲場の池は紅葉にはまだ少し早めで,鴨たちがのんびり泳いでいる。リンドウもまだ少し咲き残っている。
旧軽井沢に出て重文の旧三笠ホテルを見学した。建築からちょうど今年で100年。歴史的な由緒のある建築は、なんだか物語の中にでも出てくるような雰囲気だ。犀星や立原道造や堀辰雄、そして中村真一郎などの若き日の写真や資料の展示された一室もあって、古色蒼然とした建物の隅ずみから、彼らの語らいの声が聞こえそうだ。ここは軽井沢の鹿鳴館のような存在だったという。
純西洋式木造ホテルとしてホテルはいま重要文化財となり、澄んだ秋の日差しのなかにぽつんと置かれている。まるで童話のなかの一シーンみたいな雰囲気さえ持っている。それは、たとえば廃屋とか、滅びつつあるものの静かな気配にもみちていて、夕日のなかに刻まれた懐かしい記憶みたいでもあった。

歩きつかれて、昼食は川上庵の天ざるにした。

RIVERDANCE [日々のキルト]

ケルトの文化や、アイルランドの音楽に以前から興味があった私にとって、リヴァーダンスの舞台はすばらしい魅力だった。アイリッシュダンス、タップダンス、フラメンコ…そしてイリアンパイプ、フィドル、サクソフォン、バリトン、合唱など、目と心を奪う演技の数々、人類の長い歴史を語るダイナミックで情念に満ちた叙事詩だった。なんといっても、あのすばらしい群舞をまた見たいと思った。

ヴィオラ・リサイタル [日々のキルト]

ユーリー・バシュメットのヴィオラ・リサイタルを聴きに県立音楽堂へ行った。木のホールとして音響効果のよさで有名なこのホールが家から近いのはとても有難いことだ。バシュメットの演奏は二回目だが、今日の曲目はバッハの無伴奏チェロ組曲1番、シューベルトのアルペジオーネ・ソナタ(ピアノはミハイル・ムンチャン)、ブラームスの弦楽五重奏曲ロ短調などだった。バッハの最初の音が鳴ったとたん、いきなり胸の奥にまで響いてきてどきどきした。こんな風に胸に直接響く音ってなかなかない…。シューベルトは、そしてもちろんアルペジオーネは私のとても好きな曲だが、今日はバッハの方が印象に残っている。

私の詩集の訳をしてくれているアメリカ人のクランストンさんに好きな音楽をきいたら、自分の好きな音楽をいろいろ挙げてから、シューベルトも好きだといい、そういう自分をロマンチストだと記していた。そういうものなのだろうか。私はシューベルトの旋律に秘められた憂いのある甘さにも惹かれるのだ。そういえば
「あなたはどんな音楽が好きなのか」という質問は、私がときどき親しい人に投げかける問いの一つだ。
そのほかに、あなたは動物が好きですか?とか、どんな本を読むの?とか。あなたの一番お気に入りの時間は?とか。
脱線してしまったが、いい音に出会えた今日という日は、やはりいい一日だったと思う。

ちなみに舞台のバシュメットは黒づくめの簡素な衣装で淡々と演奏した。彼は1953年ウクライナ生まれの人。78年ミュンヘン・コンクールで優勝。その後国際的に活躍の場をひろげ、ベルリン・フィル、ロンドン交響楽団などとも共演し、「疑いもなく、現在、世界でもっとも偉大な音楽家の一人」とロンドンタイムズは評価している。(これはパンフレットにいわく…です)

思うに「偉大な人物」というのは静けさをどこか一点、内部に秘めている人ではないだろうか。
彼の演奏を聴きながら、つい先日読んだばかりの「ペンギンの憂鬱」のことを思った。あの著者アンドレイ・クルコフもウクライナの作家だった。

帰り道で [日々のキルト]

秋の夕暮れはみじかいけれど、暮れかけたそんな街で何かに出会うこともある。今日は石川町駅からすぐのギャラリーで、詩と版画による「二人展」というのを見つけて、ふと立ち寄った。毎週いろんな個展が開かれているが、詩画展というのは少ない。特にこの二人展では詩と画の端正な調和が魅力的だった。音楽的な諧調をもつ短詩は山中孝子さん、あかるく透明な色彩の版画は工藤正枝さん。(山中さんは鎌倉での宮沢賢治の会にも出ておられるとか…。)帰るときに、96年の関内駅近くのギャラリーワーズでひらかれたという「二人展」の作品集をプレゼントされた。帰ってからページをめくると、やはりそこにも画と詩の響きあう澄んだ空間があって、一人の秋の夜の時間を満たしてくれる。お二人の気負いのない姿勢と、個展のすがすがしい雰囲気とに、思いがけない贈り物をもらった気がする。秋の一日、帰り道がくれた小さな幸せ…。

エステルさんのこと [日々のキルト]

久しぶりに書棚を整理していたら、エステルさんの展覧会のカタログが出てきた。1987年のアートフロントギャラりーでの個展のときのものらしい。エステル・アルバルダネさんはスペインの女性の画家で、彼女の画は、日常のなかにあらわれる懐かしい異次元の風景を想わせる。木々や鳥たちの寡黙で鉱物的なやさしさ。海に向かって開いた窓で、小卓によりかかる物憂げな女性たち。卓上の果物に集まる光。窓辺に寄り添う二人の女。三日月の出る窓辺にひとりすわる女など。どんな暮らしのなかにもある物語の一シーンのようなそれらの画の静けさや秘密めいた懐かしさに心引かれる。私は「ラプンツェルの馬」という詩集の表紙に彼女の「鳥」という作品をいただいたのだ。
それが縁で、1988年にバルセロナのエステルさんのお宅に招かれたときのことを忘れない。閑静な別荘地にある彼女の家での夕食会だった。イタリアへ明日帰るというエステルさんの友人たちの送別会もかねていた。テラスに出ると満月がのぼっていて、はるか前方から地中海の波の音が聞こえてくる。冷えたワイン、実だくさんの魚のスープ、鶏のオレンジ煮などの後で、フルーツが出ると、エステルさんは庭から「マリア・ルイサ」というハーブを摘んできてお茶を入れた。(これは後で知ったが、レモンバーベナともいわれる香草で、消化によいとのこと)。その後アトリエに案内され、フィドという彼女の愛犬に紹介されたことも印象的。作品と同じく、彼女自身があたたかく魅力ある人柄で、そのときお土産にもらった手書きの青い大きな扇や、マリア・ルイサの小枝とともに私にとっての《バルセロナ》から切り離せない記憶になっている。その彼女への橋渡しをしてくれた北川フラムさんや、エステルさんの記憶を分け合ってくれる友人、唐澤秀子さんは私にとってとても有難い存在だ。
このカタログのなかに「ESPERANDO (待つこと)」という一枚の絵がある。夕暮れの窓辺で果物皿を手に誰かを待つひとりの女…。その背中を夕日の影が金色に染めている。私の好きな絵の一枚だ…。
だが、もういくら待っても彼女に会う時間はこないなんて。
エステル・アルバルダネさんが、もうこの世からいなくなってしまったなんて。
あのバルセロナの夕べのことを思い出すと、そんなこと、信じられない。

たこぶね [日々のキルト]

昨夜読書会の仲間の積子さんから電話があって、いまTVの1チャンネルを見てる?
という。急いでつけてみると、なんと画面に「たこぶね」が大きく映っていて、
ちょうど話題の中心になっているところだった。
私たちは約10名くらいで、《たこぶね読書会》という小さな会をつくっている。
たこぶねの名の由来はアン・モロー・リンドバーグの「海からの贈り物」からもらっ
たのだ。子どもを育てるためにタコが貝をつくり、そこで卵を育てる…という知識
は得ていたが、実際に貝殻がどういう風につくられるのか詳細は分からなかった。
TVの映像では縦になった貝殻のなかに、タコが入って泳いでいるらしい。しかも
群れているとのこと。
そういう生態に驚いて、もう一度本やインターネットで調べてみた。するとメスの
タコが産卵育児用に貝殻を分泌して、(オスは小さくて貝殻はなく、繁殖用の腕の
部分をメスの貝殻に残して去っていくとか)そこで子どもが孵化するまで育てるという。
貝が破れたり穴があいたりすると、修理もする。貝殻は白く、その表面は美しい
さざなみ状になっていて、プラスティックのようにも見える。大きさは15,6センチも
あってアオイの葉のような形をしている。
メスは子どもが育つと貝を切り離し、自らは死ぬという。こうして空になった貝殻が嵐
のあとに、九州の沿岸などによく漂着するそうだ。いつか福岡の日嘉まり子さんか
ら、その美しい殻が送られてきて、いまも大事に箱にしまってある。これはアオイガイ
とか、タコブネとか呼ばれ、このような貝をつくるタコは6種類あるという。
英語ではPAPER NAUTILUSというそうだが、それもタコの祖先がオウムガイだから…と。
ところでなぜ会の名を「たこぶね」とつけたかというと、この貝は船乗りにとって順風と晴
天のシンボルでもあること、しかも子どもたちが孵化した後は、親だこは自らを切り離し
て、貝ごと大洋上に送り出すというかっこよさも一つの魅力だったからかもしれない。
そういえば読書会も10数年だが、今までのところ荒れ模様の日はなかったようだ。

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